愛の矢を射るエロス

 ギリシアでエロス(Eros)ローマに入って、アモール(Amor)またはクピド(Cupido)、英語読みでキューピッドと呼ばれるようになります。アフロディテの息子といわれもしますが、その父親が戦いの神アレスであるとも、アフロディテが単体で生み出したとも、あるいはエロスは養子であるとも語られることがあります。

マーカー神々の概略

ライン

ボッティチェリの「プリマヴェラ」に見られるエロス

 

 背中に翼を有し、矢を放つ天使を彷彿とさせる少年は、私達の身近なところにも様々なモチーフに取り入れられています。森永のエンゼルマークは、アメリカで修行中にクリスチャンになった創業者の森永太一郎氏が発案したものだそうです。(天使のひきだし/視覚デザイン研究所)

 日本においては、「Angele/天使」との混同が様々なシーンで見受けられます。多分「キューピッド=天使」という発想は、意外に多いのでは。天使というのは、神の御使いであり、キリスト教的な発想に由来するもの。その起源は、エジプトの死者の魂を運ぶ鳥「バー/Ba」などと言った、神聖動物だとも言えそうです。天使は宗教的、エロス/クピドは神話的なモティーフであり、それぞれ登場する分野が違うということになりますね。


カラヴァッジョ 「勝ち誇るアモール」

 カラヴァッジョが描いた、黒い翼のアモールは、やんちゃを尽くした悪戯っ子のイメージ100%と言ったところでしょうか。「私、友だちが紹介してくれたカレとつき合っているの。友だちは、私たちのキューピッドなのヨ」なんて言い方などもされますね。この時は多くの人が、キューピッドということばを、「縁結びの天使」というニュアンスと共に感じていることでしょう。この縁結びの要素こそ、エロス/クピドの本文なのです。
 エロスは、男女の性愛を司る神。多く、若い青年、少年に翼がついた姿で描き表されます。愛は愛でも、家族や隣人どうしの人としての絆の上に発生する愛を、キリスト教では「アガペー」といわれます。人生色々、愛も色々!ですね。


ブーグロー「クピドから身を守る少女」

 エロスの射る矢は、恋をそそる黄金の矢と恋をはねつける鉛の矢を持っていたと伝えられています。ブーグローが描いたエロスと少女のやりとりを見る限り、少女も矢を射られるのがどうしてもイヤ、だという風では、ないようにも見えなくはないでしょうか。。弓矢をアトリビュートとするギリシア神には、太陽神アポロンがいます。エロスとアポロンと、妖精ダフネのエピソードをご紹介しましょう。
 ある時、年若いエロスは、アポロンの弓矢をこっそり持ち出し遊び道具にしてしまいます。ちょうどその時のアポロンは、大蛇・ピュトンを退治し得意になっていたところで、「お子様には似合わない」その弓矢を返すようにエロスを嘲笑したものですから、エロスは対抗心をむき出しにします。パルナッソス山に登り、一本の恋をそそる黄金の矢をアポロンに、もう一本は恋をはねつける鉛の矢を美しい妖精のダフネに向かって射貫いたのです。アポロンはダフネに恋い焦がれ、処女のままでいたいダフネは死にものぐるいで逃げるという、永遠に果てない追いかけっこが展開され―ついにダフネは、父親で河の神、ペネイオスによって、香しい月桂樹に姿を変えられ、アポロンから逃れることができたのです。月桂樹として、河原に佇むダフネを見て、悲しみに暮れるアポロン。「永遠の青春こそ、僕が司るものだから、あなたをいつも青々として、その葉が枯れることのないようにしてあげよう」と彼が言うと、ダフネは頭をうなずかせて感謝の気持ちを表したのでした。